Akira Sugiyama website
Art works
Da vinci the 21st century,
born in Japan and raised in the world
1982年23歳のオレはNYに移住した。
ここから生涯にわたるアーティスト人生が始まる。
金もない、コネもない、ビザもないオレは世界一自由だ!
ジャンキーや娼婦が出入りし、ゴキブリの走りまわる安ホテルに住み着き、不動産屋をまわってアパートを探す。ジャズクラブの集まるグリニッジ・ビレッジやギャラリー街のソーホーは家賃が高すぎて無理だ。プエルトリコ系の移民が住む危険地帯イースト・ビレッジ1stアべニュー、9thストリートにストゥディオ(ワンルームマンション)が見つかった。ホテルのおばちゃんに賄賂を渡して枕やシーツを横流ししてもらい、道に落ちてるマットレスを拾って運んだ。まったく英語ができず電気ガス水道の契約も大変だった。グリニッジ・ビレッジにある「将軍」というレストランでキッチンヘルパーをしていたとき、ウェイトレスをしていたアメリカ人女性ディーナと出会う。当時売り出し中のアーティストロドニー・グリーンブラッドの恋人でイースト・ビレッジ中のアーティストを知っていた。オレは個展前のロドニーの制作を手伝ったり、キース・ヘリングのアパートやいろんなアーティストのアトリエに連れてってもらった。落書きアートを代表するフーチュラ2000とも地下鉄の操車場で一緒に落書きをした。


帰国後 1990年代アート活動
ボーイング707の車輪が、硬い滑走路にバウンドした。足をロープで縛られて馬に引きずり回される映画の場面 がふとよぎる。シートベルトが小刻みに震え、重力がきしみを上げてオレを地上へ引き下ろす。乗客から軽い拍手がおこり、無言の微笑みがかわされる。着地はいつも、ちょっぴり淋しい。
マドリッドでのパーティーの最中、妹からの国際電話が鳴った。
「母さんが胃ガンで入院したの。来週手術よ」
10年におよぶ海外での放浪と制作活動を経て、オレは帰国した。
ニューヨークのイーストヴィレッジでデビューし、アンディ・ウォーホルやグッゲンハイムから奨学金を受けた後、中国、パキスタン、イラン、トルコを経てヨーロッパへ渡り、ギリシャ、イタリア、スペインで制作を続けた。
帰国後、日本のアートシーンはまったく違って見えた。
銀座のギャラリーではこう言われた。
「うちは中堅以上の作家でないと扱えません」
一方で、宇都宮では絵画教室の講師の話を紹介された。
しかし作品を見た講師は言った。
「暗いなあ。人に夢を与える絵を描かなくちゃ」
オレはその場で、安定した道を断った。
ニューヨークでは、ギャラリーが新人を探し、作品で勝負する世界だった。
しかし日本では、コネと資金がなければ始めることすら難しかった。
それでもオレは、自分の表現を曲げることはしなかった。
安定した仕事を断り、仲間たちと共同生活をしながら、ほとんど無一文の中で制作を続けた。
時には食べるものにも困りながら、それでも「世界をひっくり返す」ことを信じていた。
ないものを嘆くのではなく、自分で始めるしかない。
そうして、日本での活動が始まった。






広島原爆ドーム前での
パフォーマンス個展「SHADOWS」
アヤワスカの汁で描いた
「アヤワス画」
リサイクル曼荼羅
(リサマン)


血の書道
巨大〒マークのナンバーくん(塗料:血液)
巨大絵描き歌のコックさん(塗料:うんち)

実際に自分で血を
抜いて描いていた図

メキシコの先住民“ウィチョル族“の伝統絵画
Nierika(ネアリカ)
シャーマンが幻覚サボテン「ヒクリ」(ペヨーテ、ウバタマ)を食べ、無意識世界に住む精霊たちから授かったビジョンをネアリカで描きます。彼らは文字を持たないため、神話や知恵をネアリカにして伝えてきました。『ネアリカ』という言葉は“あの世とこの世を繋ぐトンネル“という意味もあり、彼らの宇宙観そのものを指しています。世界中の先住民芸術を見てきた俺は自署「神の肉テオナナカトル」に書いたように、2002年にメキシコでウィチョル族からネアリカの技法を学び、この毛糸絵画を日本に広めた。
ボランティアを募り日光の自宅で制作した2Mの巨大ネアリカ作品
ウィチョル族は蜜ろうを板に塗って毛糸を貼りますが、俺は木工ボンドを使っています。インターネットで日光の自宅へ来てくれる人を募集し、1日4,5人2Mの作品を作るのに1ヶ月かかりました。1年間で500人のボランティアとともに、10枚の巨大ネアリカを制作。2009年より毎年全国からネアリカ作品が集まるネアリカ大会が開かれるようになりました。
F120[1940✖️1303mm]yarn on canvas 2003-japan
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新しいリアリズムの表現
Oil paintings (油絵)
23歳でNYに移住し美術学校も行ってないのにアーティストデビュー。その後アンディ・ウォーホルからの奨学金でNYアカデミーで学び、1993年に帰国してからも現代アートをやり続けてきましたが、作家とミュージシャン活動が忙しくなり20年ほど筆をとっていなかった。2017年10月に絵画の依頼があり8畳の寝室に防水シートを敷き、20年眠っていた絵の具と筆を引っ張り出し2畳ほどのスペースで絵画制作を再開。
「描ける描ける手が画家のスキルを覚えている!」封印していた絵を描く喜びが間欠泉のように吹き上げてきます。白いキャンバスから世界を創造する油絵の魔法に再び魅了され、それから1年の半分はタイ(夏2ヶ月)とスリランカ(冬4ヶ月)で油絵の制作を行なっている。
ルネッサンスのように古典絵画技法へ回帰し、現代のエッセンスと自分の経験を合わせれば、新しいリアリズムを生み出すことができる。
Sunflowers
25 oil paintings 2018-Japan
「Stone of the Braves」23
「Loser‘s Songs」
「Believe」
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Clouds
25 oil paintings 2019-Sri Lanka
「Compassion is a treasure」
「Shining Soul」
「Wisdom」
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Kiss Ⅰ
50 oil paintings 2019-Japan
「SUY UNUKARA AN RO」23
「Annual rings」
「LOVE IS ALL」
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Kiss Ⅱ
17 oil paintings 2020-Sri Lanka
「No longer slave」23
「I want touch You」
「Guardians」
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Prayers
20 oil paintings 2020-Japan
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Birth
20 oil paintings 2021-Japan
「moon child」23
「rose child」
「alien child」
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Holy Spirit
20 oil paintings 2021-Japan
「Spirit of Message」23
「Spirit of Possibility」
「Spirit of River」







