Akira Sugiyama website
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マルチアーティスト AKIRA (杉山 明)
1959年栃木県日光市生まれ。
1982年 ニューヨークに渡り、1986年 アンディー・ウォーホルから奨学金を得てNYアカデミー・オブ・アートに入学。世界150か国以上を旅し、作家、ミュージシャン、美術家など多方面で活躍。
AKIRA名義で『アヤワスカ』(→himalayaBOOKS)
『アジアに落ちる』(新潮社→himalaya BOOKS)『COTTON100% 極上のどん底をゆく旅』(同文書院→現代書林→幻冬舎文庫)などの著書がある。
なかでも自伝的小説『COTTON100% 極上のどん底をゆく旅』は、NHK「日本の100冊」に選ばれる。
2024年サンマークから『おてんとうさまはみている』を出版。
2025年ヒカルランドから『COTTON100%・アヤワスカ』が同時復刊される。
シンガーソングライターとしてフルアルバム27枚、約300曲をリリースし、セミナーと音楽を合体させた独特のライブスタイルで、15年間で10万人を超える人々に命の喜びを届けつづけている。
1982年 NY移住。当時アートが盛んだったイーストビレッジに住みつき、
キース・ヘイリングやジャン・ミッシェル・バスキアやフーチュ
ラ2000などと親交を結び、アート作品を作り始める。
1983年 ゴミアート時代。1980年代イーストビレッジのアートシーンで
重要だったGracie Mansion GalleryやAVENUE B GALLERYなどで
多数のグループ展や個展などを行いアーティストとして自立。
1984年 ヒッチハイク時代。インディアンリザベーションなどアメリ中
をヒッチハイクで横断。コカインの売人をしながらヘロイン中毒
に陥る。
1985年 ハワイへ移住。
1986年 アンディ・ウォーホルやグッケンハイムミュージアムの奨学金を受
けNYアカデミーへ入学。
1987年 アンディが亡くなって、アカデミーをやめる。個展のため帰国。
1988年 ギリシャ アテネ、クレタ島へ移住し油絵を学ぶ。
1989年 中国 パキスタン イラン トルコを陸路で横断。処女作「COTTON
100%」を執筆。 ギリシャへ移住し、アテネ クレタ島にて絵画制
作。イタリア フィレンツエにあるチャールス・セシル・スタジオにて
油絵の古典技法を習得。
1990年 スペイン マドリッドへ移住。モロッコ セネガル カンビアを旅行。
1991年 マドリッドのホテル ヴィジャマグナホテルで個展を開く。
ACMギャラリーにて作品を発表。
CD「Hiroshima night fever」録音。
1992年 マドリッド市後援によるニコラス・サルメロンにてグループ展。
エジプトを旅行。10月母が癌になり帰国。
1993年 Dead End Streetというアーティスト集団で東京アンダーグラウン
ドシーンを牽引する。小説「COTTON100%」自主出版。
六本木ダイダイエマニュエル・ギャラリーにて個展。
インディーマガジン、人類滅亡専門誌・月刊「です」刊行。
西麻布バスチーユにてアート・イヴェントDEAD END STREET1開催。
1994年 小説「子宮外妊娠」執筆。
西麻布バスチーユにてDEAD END STREET2 スカトロ書道を発表。
下北沢ペルモギャラリーにて「アートルネッサンス」グループ展。
自由が丘もみの木画廊にて詩の朗読パフォーマンス。
立川かけ込み亭にて童謡ライブ。
新宿シアタープーにて「ダメ連」ライブ。
西麻布ゲジラにてDEAD END STREET3開催。
南青山BULUEにて個展「エイズ・フィッシュ・オブ・ラブ」
八王子「アルカディアにてライブ
日光中禅寺湖半にて「AUTUMN EQUINOX ART」参加。
中国 チベット ネパール インド タイを旅行。
震災直後の神戸でボランティア。
1995年 FREAK OUT誌に作品とインタビュー。
東京にてスカトロアート制作開始。
日光市にてスエット儀式「デニス・バンクス」と11年ぶりの再会。
小説「子宮外妊娠」自費出版。
原宿PAP FACTORYにて「DEAD END STREET4」ヒューチュラ2000
と10年ぶりの再会。
劇団ノルブリンポチェの舞台美術。
FREAK OUT 誌にエッセイ「チベット旅行記」掲載。
南青山BULUEにて個展「クリネックス天使の歌」
渋谷SPACE EDGEにて個展「スカトロ・アート」
広島原爆ドーム前にてパフォーマンス個展「SHADOWS1」
CD「Hiroshima night fever」Qレコードより発売。
原宿PAP FACTORYにて個展「リサイクル曼荼羅」
高円寺ショーボートにて、ガロ主催の「とうじ魔劇場ライブ」
FREAK OUT 誌にエッセイ「SHADOWS」掲載。
新宿ロフトプラスワンにてトークショー「恐怖のスカトロアート」
南青山BLUEにて「よい子寿司」
武蔵野FMにてディスクジョッキー
原宿PAP FACTORYにて個展「SHADOWS2」
渋谷UP LINKファクトリー「維新派祭」にて紙芝居パフォーマンス。
六本木キャラメルにてDEAD END STREET 「MORPHE」参加。
天王洲アイルにて「現代詩フェスティバル」舞台美術。
ニューヨーク・ダンス・フィスティバルに参加。
1996年 ドイツ、ゲッチンゲンにて「MAMU舞踏フェスティバル」参加。
FREAK OUT 誌に連載開始。
高円寺ショー・ボートにて「ジャンル撲滅運動スプリングキャンペーン」
高円寺岡画郎にて個展「高円寺新名所めぐり なわとびバスツアー」
東北聖地巡り旅行。
高円寺ショー・ボートにて「ジャンル撲滅運動サマーキャンペーン」
FREAK OUT 誌にてパリ人肉食事件の「佐川 一政氏」と対談。
広島原爆ドーム前にて個展「ピロシマ」
広島、最新鋭先頭芸術派出所にて個展「パン食い競争」
西日本九州聖地めぐり旅行。
六本木ストライプ・ハウスにて有科珠々の美術監督。
FREAK OUT 誌にエッセイ「DEEP UNDER-GUROUND日本聖地めぐり編」
高円寺岡画郎にて個展「しゃせい会」
原宿PAP FACTORYにてグループ展「CHILL-DRENこごえる子供たち」
銀座路上にて「野ざらし画廊」オープン。
高円寺20000ボルトにて「Mー6」ライブ。
国会議事堂前にて「物たちの座りこみ」展。
FREAK OUT誌にて一水会代表「鈴木 邦男」氏と対談。
1997年 原宿D U Gにて個展「偽アンディー・ウォーホル展」
新宿ロフトプラスワンにて佐川一政氏「インド光芒と影」ゲスト出演。
荻窪にて「島田荘司VS佐川一政」にゲスト出演。
FREAK OUT誌にて新宿ボールペインター、イチコ&タケオと対談。
フランス チュニジア他12カ国にて野ざらし画廊「いい人展」
FREAK OUT誌にて「偽アンディー・ウォーホル展」特集。
渋谷にて野ざらし画廊「いい人展」
FREAK OUT誌にて元オウム真理教幹部「加納 秀一」氏と対談。
ドイツにて「ベルリン・パフォーマンス・フェスティバルに参加。
立川にて「ロックの祭典」ライブ。
「時間に関する世界会議」アグエイアス氏らと富士山麓にてマヤ新年を祝う
A倉庫さよならパーティー。
FREAK OUT 誌にてマヤ暦研究者ホセ・アグエイアス博士と対談。
東京から実家の日光へ引っ越し。
新宿ロフトにて「ネオ縄文ライヴ」喜納昌吉氏に13の月の暦をわたす。
三軒茶屋ヘヴンズドアにて「平成のええじゃないか2」ライブ。
新宿ロフトプラスワンにて加納秀一氏の「真理探究ナイト」ゲスト出演。
新宿ロフトプラスワンにて「日本一醜い親への手紙」ゲスト出演
三軒茶屋ヘヴンズドアにて「平成のええじゃないか3」ライブ。
12月イケちゃんウクライナにて行方不明。
1998年 同文書院より小説「cotton100%」出版。
渋谷エッジにて出版記念パーティー「血のサイン会」
原宿ギャラリーにて「ロリータ・ゴー・ホーム」グループ展。
イケちゃんの兄とマサがウクライナに捜索に行く。
中野ひかり座にて「性表現入門」ライブ。
新宿にて、野ざらし画廊第三弾「ゴッホのひまわり奪還計画1」種まき。
ミッシェル「SWEET PORTRAITS」展ライヴ。
「ゴッホのひまわり奪還計画2」発芽。
宮内勝典氏と14年ぶりの再会。
「ゴッホのひまわり奪還計画3」開花。
北海道にて「アイヌモシリ一万年祭」に参加。
雑誌「イーター」にて佐川一政氏と対談。
タイ・プーケットにて「ベジタリアン・フェスティバル」に参加。
「川西杏ライヴ」にゲスト参加。
1999年 新宿ロフト・プラスワンにて加納秀一氏とライブ。
宇都宮にてデニス・バンクス氏の「スエット・ロッジ」に参加。
とうじ魔とうじ氏の署「半芸術」に紹介される。
京都比叡山、鞍馬山、神戸「震源地村」を訪ねる。
アマゾンの儀式「ダイミー」に参加。
新潮社より「アジアに落ちる」出版。
ペルー エクアドル ブラジルのアンデス アマゾンを旅行。
プレイボーイ「アジアに落ちる」インタビュー
2000年 太田出版より「アジアントランス 出神」出版。
雑誌TITLE『AYAHUASCA」インタビュー。
「いのちの祭り」でウィチョル族の儀式に参加。
徳島県の阿波踊りでAWAグルーヴを研究
アイヌモシリ一万年祭に参加。
2001年 SWITCH別冊paper backに小説「ケチャップ」連載開始。
日本山妙法寺成田道場仏舎利塔落成記念ライヴに出演。
電脳風月堂ポエトリーリーディングに出演。
革命導火線前夜祭に出演。
SWITCH別冊paper back第二号発売。
青山出版からアイヌ少女の物語「風の子レラ」出版。
アイヌモシリ一万年祭に参加。
講談社よりアマゾンの旅行記「アヤワスカ」出版。
akiramania初のオフ会開催。
2002年 山川健一氏が主宰するウェブサイト「文学メルマ」に短編小説
「Fireworks」を発表。
ニューヨークへ小説「ケチャップ」の取材旅行。
講談社の「小説現代」にて田口ランディーさんと対談。
トトチョフ急死。
メキシコ旅行。
アイヌモシリ一万年祭に参加。
東京駅前丸の内ビル5階のイタリアンレストラン「エッセンツィア」に
絵画制作。
ネアリカ制作開始・ライブ活動開始。
2003年 愛猫チビ(ラ・キアーペ)死去。
アシリ・レラさんやウイチョル族と富士山にて平和セレモニー。
AKIRA + TAKEの音楽ユニット「ONSENS」の1stアルバム
「もしもぼくが死んだら」リリース。
新宿ロフト・プラス・ワンにて「アングラ風月堂」のトーク&ライブ
さかきななお氏、山田塊也氏らと参加。
太田出版より山川健一訳「ポット・プラネット」に解説。
田口ランディ氏らとメキシコ旅行。その後一人でベリーズ グアテマラ
エルサドバドル ホンジュラス ニカラグア コスタリカパナマを旅行。
渋谷ガボウルにてネアリマス。パーティー(巨大ネアリカ全展示)
2004年 「ホームレスさんこんにちわ」松島トモ子著(めるくまーる)表紙制作
月刊「湧」に連載エッセイ開始
「海怒」陳放著の表紙写真
7年に一度の大祭御柱祭に参加
「ONSENS」の2stアルバム「100億光年の孤独」リリース
・・・ロックバンド(ONSENS)を結成後→ソロ活動へ移行。
2011年 被災地のライブを続けてガンになる。
それ以降、生き方を変えて今に至る。
















